今月末、裾野で行う講演会の資料が今出来上がった
今回の講演も『子どもたちの携帯電話とインターネット』に関する内容だ
大阪府の橋本知事が「学校への携帯電話の持ち込み禁止」を打ち出し
様々な県、行政でも「持ち込み禁止」運動が叫ばれ
また教育再生懇談会(第6回議事次第 資料2)では
「必要がない限り」とはあるが、「持たせない」という提言をした
教育再生懇談会の資料は内容を見る限り基本的に賛成である
ただ実現するためには様々な課題をクリアする必要がある
・子ども達に携帯電話を利用するためのリテラシー教育をどう行うのか
・子どもの年齢や発達段階を考慮してが非常に曖昧である
・誰もが知っていることであるが、フィルタリングをしても完全ではない
・機能限定した機種を用意しても様々な手段を使い機能限定されていない機種を手に入れてしまう
おそらく親や周りの大人たちの完全なる協力がなければいけないだろう
などなど
しかし最大の課題は
『子ども達を取り巻く大人へリテラシー教育をどう行うか』
これが問題である
言葉は悪いのだが、どんな分野においても
「一番知っていただきたい人ほどそれに取り組む姿勢が鈍い」
のである
ところで私が気がかりなのは「持たせない」という否定形だけでいいのか?ということ
結局のところ、いずれ子どもたちは携帯電話を持つことになる訳だから
確固としたビジョンのない「持たせない!」を掲げる運動があったとしたら
「子どものうちだけ何とか有害な情報に触れないでいてくれれば」
と問題を先送りにしているだけであると思うのだ
携帯を禁止して取り上げても
いずれ手紙が電話、電話がポケベル、ポケベルが携帯へと移り替わって来たように
また新たな神器を得てしまう
当り前のことではあるが
やはり子ども達に一番身近な家庭で
子どもと一緒になって真剣に取り組む必要があるのではないだろうか
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